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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)1352号 判決 1974年6月05日

控訴人

株式会社ユーハイム

右代表者

河本春男

右訴訟代理人

川見公直

外五名

被控訴人

株式会社ユーハイム・コンフェクト

右代表者

西義弘

右訴訟代理人

保津寛

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における新たな仮処分申請部分を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は洋菓子を販売するについて別紙第一ないし第六記載の表示を使用してはならない。(当審において、従前の申請の趣旨を右のとおり変更した。)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

《主張および疎明省略》

理由

第一争いのない事実

(一)  控訴会社は、昭和二五年一月三一日、本店を神戸市生田区下山手通二丁目五番地におき、洋菓子等の製造、販売を目的とし、「株式会社ユーハイム商店」として設立されたが、その後商号を「株式会社ユーハイム」と、また本店を控訴会社肩書地に変更し、現に右「株式会社ユーハイム」を商号として使用していること、控訴会社は、昭和二六年六月一四日登録番号第三九九五八八号をもつて、指定商品第四三類(菓子及麺麭、以下同じ)において、「Juchheim's」(ドイツ人の名を図案化した花文字体、以下「花文字体ユーハイム」という)という商標の登録を得て使用していたところ、右登録はその後昭和四六年六月二四日期間満了により消滅し、同年七月八日右抹消登録をしたこと(<証拠略>参照)、また昭和二九年一月一三日登録番号第四三七六四号をもつて、指定商品第四三類において、「Juchheim'sユーハイム」(二段書き)という連合商標の登録を得ていること(<証拠略>参照)、

(二)  一方被控訴会社は、昭和二六年四月二三日、本店を神戸市生田区三宮町二丁目一番地、支店を同町二丁目三二番地の一におき、洋菓子の製造、販売を目的とし、「株式会社ユーハイム・コンフェクト」として設立登記されたが、その後本店を被控訴会社肩書地に移し、従前の本店を支店とし、現に右商号を使用していること、また被控訴会社は、昭和三〇年六月二九日登録番号第四六七四八四号をもつて、指定商品第四三類において、「株式会社ユーハイムコンフェクト」という商標の登録を得ていること、

(三)  ところで、控訴会社は、被控訴会社が昭和二六年四月右商標「ユーハイム・コンフェクト」を使用して洋菓子の製造、販売を開始するや、右商標に関する表示は控訴会社の登録商標に極めて類似するものであると主張して、同年一〇月五日神戸地方裁判所に対し被控訴会社を債務者として商標使用禁止の仮処分を申請し(同庁昭和二六年(ヨ)第三九八号)、更に被控訴会社に対し、その製造、販売にかかる菓子類及びその容器、包装紙等並びにその営業に用いる看板等に商標として「ユーハイム」という名称を使用してはならないとの趣旨の訴(同庁同年(ワ)第九五二号)、及び被控訴会社その商号に「ユーハイム」という文字を使用してはならない。神戸地方法務局受付第八七一一三号をもつてした「株式会社ユーハイム・コンフェクト」という商号の抹消登記手続をせよとの訴(同庁同年(ワ)第九五三号)を提起し、当事者双方間に紛争が続いていたこと、その後右訴訟係属中(右昭和二六年(ワ)第九五二号、第九五三号の両事件は併合された)である昭和三〇年四月二三日。控訴会社と被控訴会社との間に、別紙和解条項を内容とする裁判上の和解<証拠略>、以下本件和解という)が成立したこと、

(四)  ところが、被控訴会社は、右和解成立後も自己の商号、商標として「ユーハイムコンフェクト」と表示するに当り、本店、支店及び販売店の看板、電柱広告をはじめ、菓子箱のレッテル及びカード、ナフキン、セロファン、マッチ、包装紙、シール、パンフレット、カップケース、プライスカード、郵便はがき、チラシ、案内状、その他従業員の名刺に至るまで、「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分の文字の大きさの割合は別として、縦書きの場合は、一行にして「ユーハイム」と記載し、それに小さく「コンフェクト」と続け、横書きの場合は、横一行に「ユーハイム」と書き、それに小さく「コンフェクト」と続け、あるいは「ユーハイム」の下段に行をかえて小さく「コンフェクト」と記載するなどの方法をとつていること、すなわち被控訴会社は、自己の営業並びに商品を表示するものとして「ユーハイムコンフェクト」を使用するに当り、本件表示と同様な態様でこれを表示し、現在に至つていること。

以上の事実は、当事者間に争いがない。

第二被保全権利に対する判断

一商標法第三六条の主張について

前記第一の(一)の事実に照らし、控訴会社は、登録番号第三九九五八八号をもつて登録された商標「花文字体ユーハイム」については、存続期間が終了したことにより、その商標権が消滅し、したがつて登録番号第四三七六七四号をもつて登録された連合商標についても、そのうち原登録商標である「花文字体ユーハイム」については、その商標権が消滅したことになるけれども、当審における本件口頭弁論終結時において、右連合商標のうちの片仮名文字による「ユーハイム」については、なお商標権を有すること明らかである。

ところで、控訴会社は、被控訴会社が自己の商標として「ユーハイムコンフェクト」を使用するに当り、本件表示のような表示方法を用いることは、控訴会社の有する商標権を侵害するものであり、また本件和解の趣旨にも反する旨主張するのに対し、被控訴会社は、被控訴会社が本件表示を使用するのは、本件和解において、商標として「ユーハイム・コンフェクト」を使用することを許容されたからであつて、商標権の侵害に当らない旨極力抗争するので、この点について以下検討する。

(一)  <証拠>を綜合すると、

(1) 戦前神戸市内でドイツ人シー・カール・ユーハイムがその妻エリーゼ・ユーハイムと共に経営していた「ユーハイムズ・コンフェクショナリ」は、ドイツ風の洋菓子屋として有名であつたが、戦災によつて工場の一部が焼失したり、右カール・ユーハイムが終戦直前死亡したりしたため、営業は廃止され、その使用していた商標「ユーハイム」(花文字体を含む)も放置されたままであつたところ、戦後間もなくして右「ユーハイム」の名称を店名や商号の一部に使用する洋菓子屋が神戸市内に乱立するようになつたこと、

(2) 被控訴会社の代表取締役N・Yは、戦後間もない頃より、神戸市生田区で「ドミノ・ベーカリー」の名称で洋菓子の製造、卸販売を営んでいたこと、一方Rなる者が、昭和二四年一〇月頃から同区三宮町(鯉川筋)で「ニューユウハイム」という名称で洋菓子販売業を始めたが、間もなくその営業をN・Hに譲渡し、右N・Hは、「ユウハイム洋菓子店」と改称して右営業を行つていたこと、前記N・Yは右N・Hの営業に共同事業者として加わることになり、両名共同で洋菓子の製造、販売業を継続していたが、前叙のように昭和二六年四月二三日に至り、商号を「株式会社ユーハイム・コンフェクト」とする被控訴会社を設立するに至つたこと(現在資本金四、七五〇万円、昭和四五年頃における売上高年間約一〇億円、売場約三〇個所)、

(3) 控訴会社は、もと前記「ユーハイムズ・コンフェクショナリ」の従業員であつたY及びK(後に控訴会社の取締役)が昭和二三年一二月頃開店した「ユーハイム商店」(個人経営)をその前身とするものであるが、間もなくしてH(本件和解当時の控訴会社代表取締役)が右商店に経営者として参加し、前記「ユーハイムズ・コンフェクショナリ」が放置していた商標「花文字体ユーハイム」を採用して右商店の商標として使用し、洋菓子の製造、販売をしたところ、その後前叙のように昭和二五年一月三一日商号を「株式会社ユーハイム商店」とする控訴会社を設立するに至つたこと(現在資本金二億四、〇〇〇万円、従業員約一、〇〇〇名、売場約二五〇個所、昭和四六年度における売上高約四二億円)、

(4) 被控訴会社は、設立と同時に昭和二六年四月二三日、兵庫県より食品衛生法による菓子製造業の許可を受けて以来、商標として「ユーハイムコンフェクト」を使用し、その製造にかかる洋菓子の販売をして来たのであるが、右商標を表示するに当つては、看板、広告板、紙容器、マッチ、包装紙などに、片仮名で縦あるいは横一行に、同じ大きさの字で「ユーハイムコンフェクト」(ユーハイムとコンフェクトの間に「・」のあるものとないものとがある)と書いたり、「コンフェクト」を「ユーハイム」よりやや小さい字で書いたり、片仮名で横に「ユーハイム」と記載し、その下段にこれと同じ大きさ、またはやや小さな字で「コンフェクト」と添えて二段書きにしたり、時には「ユーハイム」とだけ記載したり、あるいはドイツ文字で「Juchheim」及び片仮名の花文字で「ユーハイム」と併記したり、「Juchheim」の下段にやや小さく「confect」と書いたり、また片仮名花文字の「ユーハイム」の下段にやや小さく「コンフェクト」と記載したり、「Juchheim CONFECTEユーハイム」と記載したりなど、種々の表示方法をとつていたこと、

(5) ところが、控訴会社は、被控訴会社設立後である昭和二六年六月一四日、前記のような商標「花文字体ユーハイム」の登録を得、同年七月一〇日兵庫県より食品衛生法による菓子製造業の許可を受けて、同年九月より洋菓子製造、販売を始めるや、被控訴会社が商号や商標として使用する前記のような表示は、控訴会社の右登録商標に牴触するとして、同年一〇月初頃、神戸地方裁判所に対し被控訴会社を債務者として商標使用禁止仮処分を申請し(同庁昭和二六年(ヨ)第三九八号事件)、同月一七日、「被申請人(被控訴会社、以下同じ)は、その製造又は販売にかかる洋菓子類及びその容器、包装紙等に国字の如何を問わず容易に「ユーハイム」と発音される文字を商標として使用してはならない。被申請人は、右の文字を商標として広告、看板等に使用してはならない。被申請人は、前各項にかかわらず前記「ユーハイム」と明らかに識別せられる方法で「ユーハイム・コンフェクト」なる文字を使用することを妨げない」との趣旨の仮処分決定<証拠略>を受け、続いて同年一一月には、同裁判所に対し再び商標使用禁止の仮処分申請をなし(同庁同年(ヨ)第四六六号)、同年一二月二六日「被申請人は、その営業について使用する看板類並びに製造販売する洋菓子の包装紙、紙容器、挿入紙にはそれぞれ一個所に限り同一の黒色明朝体の書体を用いて「株式会社ユーハイムコンフェクト」と商号を表示するほかは、文字、色調、図柄を問わず「ユーハイム」なる称呼を含む表示を使用してはならない。」との趣旨の仮処分決定<証拠略>を得たこと、

(6) そして、控訴会社は、前記第一の(三)に記載したように、被控訴会社を被告として、神戸地方裁判所に対し、同庁昭和二六年(ワ)第九五二号、第九五三号の二個の本訴を提起したが、右第九五二号事件においては、控訴会社は、「花文字体ユーハイム」の登録商標を有しているところ、被控訴会社は、控訴会社の右商標を熟知しているにかかわらず、その販売にかかる洋菓子類の包装紙、紙箱等にドイツ文字で「Juchheim」、日本文字で「ユーハイム」と印刷使用し、かつ営業所の広告、看板にも右商標をほしいままに表示使用しているのは商標権の侵害である、と主張し、また第九五三号事件においては、控訴会社は、「株式会社ユーハイム商店」なる商号を有するところ、被控訴会社は右商号、営業目的を知悉しながら、敢えて「洋菓子ユーハイム」という看板などを掲げて洋菓子の製造販売をなし、これについて控訴会社が右名称を使用しないよう警告するや、被控訴会社は右看板などに「コンフェクト」と小さく挿入するなどして使用を継続しているが、右のような表示方法で「ユーハイムコンフェクト」を商号として使用することは、不正競争の目的で類似の商号を使用するのであつて違法である、と主張していたこと、これに対し、被控訴会社は、「ユーハイム・コンフェクト」を商標として使用するに当り、「ユーハイム」部分を大書し、これに「コンフェクト」部分を小さく添えて一行書き、あるいは二段書きにする表示方法をとつても、控訴会社の有する商標、商号の「ユーハイム」には牴触しない。仮に牴触するとしても、被控訴会社は、控訴会社が前記商標を登録する以前より、右のような表示方法で「ユーハイム・コンフェクト」を自己の商標として善意使用しており、いわゆる先使用権があると主張して争つていたものであること、

(7) ところで前記本訴(両事件併合審理)は、一たん結審となつたが、その後弁論再開となり、受訴裁判所の熱心な勧告により数回にわたり期日が重ねられた後、昭和三〇年四月二三日、別紙記載のような和解条項で、控訴会社(当時原告)と被控訴会社(当時被告)との間に裁判上の和解(本件和解)が成立したこと、

(8) 本件和解は、前記のように受訴裁判所の積極的な介入、勧告に負うところが大きいのであるが、控訴会社側は、当時の代表取締役H、代理人T及び同K各弁護士(もつとも川見代理人は和解成立時には欠席)、被控訴会社側は、代表取締役N・Y及び代理人T弁護士が出席して話合いがなされたものであること、和解勧告の過程においては、紛争の円満解決のため大筋において三つの考え方、すなわち、(第一案)控訴会社と被控訴会社とが企業合同すること、(第二案)双方のうちいずれかが商号及び商標を変更し、相手方が変更した側に対し補償金を支払うこと、(第三案)双方の商号、商標は、現状どおりに使用することとし、できるだけ双方の混同を抑制する方策を考慮すること、以上が和解案として検討された結果、当事者双方は、右第三案の方向で和解することになり、別紙記載のような和解条項が成立するに至つたこと。

(9) そして、本件和解においては、控訴会社は、前記ドイツ人ユーハイムの名を図案化した花文字「Juchheim's」という登録商標につき、それが前記「ユーハイムズ・コンフェクショナリ」以来使用されていたものであるからとして、特に強い愛着を示し、その表示態様を固執し、これと同一のものは勿論類似のものの使用を絶対に禁止するという強硬な意向を示したため、被控訴会社もこれを諒とし、特に別紙をもつて控訴会社の登録商標の右字体を明記するとともに、被控訴会社がその商標である「ユーハイム・コンフェクト」をローマ字で記載する場合について花文字などを使用することのないようその書体を別紙に限定したものであること、右のほか、控訴会社側は、被控訴会社に対し、その商号及び商標である「ユーハイムコンフェクト」を一体として表示することを要望したが、これを片仮名文字で表示する場合については、特にその具体的な表示方法(縦書、横書の別、文字の大小、二行に分けることの可否など)まで、問題として論議しなかつたこと、なお和解期日が数回重ねられたのは、主として被控訴会社が控訴会社に支払う和解金の額につき双方の合意がまとまるのに手間取つたためであること、

以上の事実が認められる。《証拠判断省略》

(二)  そこで、以上認定のような本件当事者間における紛争の実情、訴訟提起より本件和解に至るまでの経緯並びに和解条項等を綜合して、本件和解の趣旨を考察すると、本件和解は、受訴裁判所の勧告により、長期間に亘る紛争を円満かつ抜本的に解決する目的でなされたものであり、その基本線は、前記(8)の第三案に従つたものであるところ、本件和解の骨子は、控訴会社が被控訴会社に対し、被控訴会社が(イ)「株式会社ユーハイムコンフェクト」という商号を使用することと、(ロ)片仮名文字の「ユーハイム・コンフェクト」並びにローマ字による商標(ローマ字については別紙にその書体を限定)を使用することを認める反面(以上和解条項第一項)、被控訴会社が右(ロ)記載以外の商標、特に控訴会社の登録商標「花文字体ユーハイム」と同一又は類似の商標を使用することを禁ずるとともに(同第三項)、被控訴会社が控訴会社に対し和解金として金一二〇万円を支払うこと(同第四項)であつたこと、別紙和解条項に徴し明らかである。ところで、前記(一)の(9)に認定した事実に、本件和解条項において、被控訴会社がその商標「ユーハイム・コンフェクト」をローマ字で表示する場合についてのみ、特にその表示態様を別紙で限定し、また被控訴会社に対し使用を禁ずる控訴会社の登録商標「花文字体ユーハイム」についてもこれを別紙に明示しているにもかかわらず、右以外には商号、商標の表示態様に言及した条項が存しないことから見ると、本件和解の趣旨は、被控訴会社が控訴会社の商標、特に「花文字体ユーハイム」と同一又は類似のものを使用することを厳禁するが、「ユーハイムコンフェクト」の名称については、これをその商号、商標として使用することを許容した点に主眼があり、被控訴会社が「ユーハイムコンフェクト」を商号及び商標として使用する場合、ローマ字で表示するには特に制限が付されたが、片仮名文字で表示する場合には、その書体、「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分の文字の大小、その組合せ等の表示態様について格別制限を付せられることなく、その使用を許容されたものと解するのが相当である。(本件和解以前において、既に被控訴会社は、その商標「ユーハイム・コンフェクト」を表示するに当つて、「コンフェクト」を「ユーハイム」より小さく書いたり、二段に分けて書いたりなどしていたことは、前記(一)の(4)に認定したとおりであるから、もし本件和解において、控訴会社が被控訴会社に対し、そのような表示態様を厳禁する趣旨であるならば、当然和解条項に明示されたものと考えられる。なお和解条項第一項に、「ユーハイム・コンフェクト」と縦一行に同じ大きさの片仮名文字で記載されているからといつて、「ユーハイム・コンフェクト」を片仮名文字で表示する場合の表示態様を右のように限定したものと見ることはできない。)

ところで、本件和解の法律的側面を考察するに、控訴会社は、当時前叙のような第三九九五八八号及び第四三七六七四号の登録した商標に基づきこれを専用する権利を有していたのであるから、被控訴会社が当時使用していた「ユーハイムコンフェクト」の表示が控訴会社の右商標権の類似範囲に属し右商標権を侵害する疑いがあるとすれば、控訴会社は被控訴会社の右使用を禁止し、またはこれを排除する権利を有しえたわけである。ところが、本件和解により、控訴会社は、和解条項によつて限定された範囲のものについては右商標権に基づく禁止権を留保するが、これを除くその余の類似範囲のものに属し、右商標に牴触するものについては(禁止請求権)を放棄し、反面被控訴会社がその商標を使用し、あるいは本来は当然には使用することができない控訴会社の商標と類似範囲にあるものを使用することを許容したものと解するのが相当である。(被控訴会社に対する「ユーハイムコンフェクト」の名称ないし表示の使用の許容が、商標法第三一条第一項にいう通常使用権の許諾に当るものでないことはいうまでもない。)

(三)  しかしながら、他人の商号や登録商標に類似する商号及び商標を使用する者が商号権者や商標権者からその使用を許され、その表示態様について格別制限を付されなかつた場合においても、一般に商号及び商標が営業主体や商品について自他識別の機能を保有しなければならないという表示としての性格、また右使用を許される場合には、その当時における当該商号や商標の使用態様を基礎としている場合が多い点に鑑みると、使用を許容された者が当該商号、商標を使用するに当り、どのような態様の表示を採ることも自由であるとすることはできず、自ら一定の制約が存するものと解すべきである。すなわち、使用を許された当時における当該商号、商標の使用態様からかけ離れ、自他識別の機能を著しく弱めるような表示態様を採用することは許されないものといわねばならない。(本件の場合についていえば、「コンフェクト」部分を「ユーハイム」部分に比して極端に小さく表示し、あるいは「コンフェクト」部分を「ユーハイム」部分より著しく離して表示するなどは許されないであろう。)

ところで、被控訴会社が本件和解後において自己の商号、商標として「ユーハイムコンフェクト」を使用するに当り、本件表示と同様の表示態様をとつていることは、前叙第一の(四)のとおりである。そして、<証拠>を綜合すると、被控訴会社は、本件和解成立後昭和四二年頃までは、その商号、商標として片仮名文字による「ユーハイムコンフェクト」を使用するに際して、支店、営業所等の店舗における看板、広告板には本件表示中、別紙第一及び第二記載のような表示(横又は縦に一行で「コンフェクト」を「ユーハイム」より小さく記載)によるものが多く、次に数はそれよりも少くなるが同第三及び第四記載のような表示(二段書きで「コンフェクト」を「ユーハイム」より小さく記載)を使用し、包装紙、ラベル、パンフレット等には、専ら同第一及び第四記載のような表示によつていたが、同年頃より以降は、包装紙、ラベル、パンフレット等には同第五及び第六記載のような表示(横又は半円形に一行で書き、いずれも「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分の間に「・」が存在する。)によるものが多くなり、また店舗の看板には、同第二記載のものに、更に「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分の間に「・」の存在する表示が少数ながらも増加して来たことが認められる。

そこで、右のような使用状況にある本件表示を前叙認定のような本件和解当時における被控訴会社の「ユーハイムコンフェクト」の表示態様と対比すると、本件和解後における片仮名文字による「ユーハイムコンフェクト」の表示方法として着目すべきは、一行の横書き、縦書き、二段書きを通じて、「コンフェクト」部分の文字を本件和解前に比し「ユーハイム」部分よりもさらに小さく記載するようになり、「ユーハム」部分の二分の一から三分の一程度の大きさをもつて記載されるに至つたこと、及び「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分の間に「・」を挿入する表示方式のものが多くなつて来ているということである。

しかしながら、本件表示は、いずれも「ユーハイム」部分に比して「コンフェクト」部分が小さく記載され、いささか「ユーハイム」部分を強調しているきらいがあるとはいえ、一行の横書き(本件表示第一、第五)、縦書き(同第二)、半円書き(同第六)、横二行書き(同第三、第四)のすべてを通じて、「コンフェクト」部分は「ユーハイム」部分に接着して表示されており、「コンフェクト」部分の文字の大きさも、一般需要者が通常一見して判読できない程度のものではなく、「ユーハイム」に「コンフェクト」を結合して記載されているものであること、換言すれば、「ユーハイム」と「コンフェクト」とが一本として表示されていることを容易に看取できる程度のものであると認められる。のみならず、本件表示は、「ユーハイムコンフェクト」として「ユーハイム」に「コンフェクト」を結合表示することの従前の意義(本件和解成立当時、「ユーハイムコンフェクト」中、専ら「コンフェクト」部分をして控訴会社の商標である「ユーハイム」との識別機能をになわせていたことは、前叙認定の本件和解成立の経過に徴し推認できるところである。)を著しく変化させ、あるいは甚だしく弱めさせるものとは未だ認め難い。

そして、以上の点を除いては、本件表示は、「コンフェクト」部分の書体を特異なものにしたり、色彩を施したり、または図案化したりしているわけでもないのであつて、本件和解当時における表示態様と大差はないものというべきである。

すなわち、本件表示は、本件和解当時における「ユーハイムコンフェクト」の使用態様からかけ離れ、自他の識別を著しく弱めさせるような表示態様とは未だ認め難いから、前記制約に触れるものではなく、本件和解によつて許容された使用範囲に属するものといわねばならない。

(四)  なお、控訴会社は、本件「ユーハイム・コンフェクト」という商標は、いわゆる結合商標であつて、一連不可分に結合されてはじめて、その構成要素となつている「ユーハイム」との類似性を失うものである。したがつて、本件和解においても、控訴会社は、被控訴会社が「ユーハイム・コンフェクト」を商号、商標として使用するについては、これを一連不可分に結合して表示すべきことを当然の前提としてその使用を許容したものである。ところが、被控訴会社が現に使用する本件表示のような表示方法は、「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分とが一連不可分に結合して表示されているとはいえないから、構成要素の「ユーハイム」と類似することは明らかで、和解における使用許容の範囲を逸脱している旨主張する。

なるほど、複数の名詞を結合して一個の商標を作出する場合、すなわち結合商標の場合には、構成要素の文字の大小、着色の有無、優劣、アクセントの位置のとり方、その他結合方法の如何によつては、構成要素の名詞を商標とするものと、類似性を有し、あるいは全く類似性を有しなくなるものであり、これを一連不可分に結合すれば、構成要素である商標との類似性を失わせ、自他識別の機能を完全に保持するに至るであろうことは否定し難いところである。そして、本件においても、「ユーハイムコンフェクト」を片仮名で表示するに当り、これを同じ大きさの文字で横又は縦に一行に表示すれば、構成要素となつている「ユーハイム」との類似性を失い、混同誤認を避けうる程度も増大するであろうと考えられるのに対し、「ユーハイム」部分と「コンフェクト」部分に文字の大小を設け、あるいはこれを二行に分けて書き、その上「・」を挿入するとすれば、「ユーハイム」との識別機能が低下し、混同誤認のおそれが増大するであろうことは、推論するに難くないところである(これらのことは、<証拠>によつて、窺い知ることができる)。しかしながら、本件和解においては、被控訴会社に対し片仮名文字による「ユーハイムコンフェクト」の表示方法について特段の制限を設けたものと認められないのみならず、本件表示のような表示方法も従前の使用態様からかけ離れて、従前の識別機能を著しく弱めさせる程のものでもなく、また必ずしも結合商標の一体性を害する程度のものとは認め難いことさきの説示により明らかであり、更にもともと或る程度の類似性を有する商号、商標の使用を許容すれば、その使用を許容した者の商号、商標が周知性を有すれば有する程一般需要者の混同誤認を招きやすいことも免れ難いところである。(このことは、控訴会社代表者河本春男自ら当審において供述するところである。)

そうだとすれば、控訴会社は、本件和解において被控訴会社に対し、片仮名文字による「ユーハイム・コンフェクト」をその表示態様につき格別制限することなくその使用を許した以上、やむをえない程度の混同誤認の結果は、これを受忍せざるを得ないものというべきである。

(五)  ところで、<証拠>を綜合すると、控訴会社が主張するように、被控訴会社がその商号、商標として「ユーハイムコンフェクト」を使用するに際し、本件表示のような表示方法をとつたため、日本割烹学校発行に係る料理雑誌「マイクック」昭和四三年一二月号に被控訴会社の製品(デコレーションケーキ)を控訴会社の製品と誤認した記事が掲載されたり、その他一般需要者に対し控訴会社の商号、商標である「ユーハイム」と混同誤認を生ぜしめた事実が少からずあることを認めることができるけれども、右混同誤認の程度も被控訴会社に対し「ユーハイムコンフェクト」の使用を許したことに伴う受忍の範囲を超えるものとは未だ認め難い。

以上認定判断のとおりとすれば、被控訴会社の使用している本件表示は、控訴会社が指定商品第四三類(菓子及び麺麭)について現在有する登録商標「ユーハイム」に類似しているとしても、控訴会社において本件和解により禁止権を放棄している以上、控訴会社の商標権を侵害するものとはいえないから、控訴会社は被控訴会社に対し商標法第三六条に基づく差止請求権を有しないものといわなければならない。

二商法第二〇条第一項の主張について

控訴会社は、被控訴会社は、本件表示を自己の商標として使用すると同時に自己の営業を表示するものとして使用しているが、右は控訴会社の商号権を侵害するものである旨主張する。

控訴会社は、現在「株式会社ユーハイム」という登記した商号を有し、洋菓子その他食料品の製造及び販売をその目的としていること、被控訴会社も控訴会社と同様に洋菓子の製造販売を営むものであつて競業関係にあること、被控訴会社の商号は、「株式会社ユーハイム・コンフェクト」であるが、これを使用するに際し、看板、広告、包装紙、ラベル、パンフレット等に本件表示のような表示をしていること、その結果一般需要者をして控訴会社の商号である「ユーハイム」と若干の混同、誤認を生じさせていることは、前叙のとおりである。

しかしながら、被控訴会社は、本件和解により、「株式会社ユーハイム・コンフェクト」という商号の使用を許容され、右「ユーハイムコンフェクト」を片仮名文字で表示するについて何ら表示方法の制約を受けていなかつたこと、また商号として使用した場合の本件表示も、右使用許容の範囲内に属し、本件表示による需要者側の若干の混同誤認は、本件和解の結果としてやむを得ないものであること、さきに説示したとおりであるから、被控訴会社の商号が控訴会社の商号と類似しているとしても、被控訴会社が、商号として本件表示のような表示態様をとつたことが、ただちに不正競争の目的をもつて控訴会社の商号と類似の商号を使用したものとは言い難いのみならず、被控訴会社に不正競争の目的があつたことを肯認するに十分な疎明がない。したがつて、控訴会社は、被控訴会社に対し商法第二〇条第一項による差止請求権を有しないものといわなければならない。

三不正競争防止法第一条第一項第一号、第二号の主張について控訴会社は、その目的とする洋菓子製造販売の営業について、またその製造販売にかかる商品洋菓子について、広く認識された「ユーハイム」という表示を有するところ、被控訴会社は右営業及び商品表示と類似する本件表示を使用して洋菓子を製造販売し、一般需要者に対し控訴会社の営業及び商品と混同を生じさせ、これにより控訴会社は営業上の利益を害せられるおそれがあると主張するのに対し、被控訴会社は、彼控訴会社が本件表示を使用しているのは、本件和解によつて使用を許容されたことに基づくものであつて、違法性が阻却される旨抗争するので、判断する。

およそ不正競争防止法は、商業道徳に反するような不公正な手段によつて行われる競業行為を排除し、公正な競争秩序を維持し、もつて特定営業者の私益及び需要者一般の公益を保護しようとするものであることはいうまでもないが、同法の個々の規定によつては保護の重点に軽重があるところ、同法中専ら特定営業者の私益保護の色彩の強い規定の場合においては、被害者の承諾は、不正競争行為の違法性を阻却するものと解するのが相当である。ところで、同法第一条第一号、第二号の各規定は、専ら周知表示の使用者である特定営業者を保護しようとするものと解されるから、或特定営業者の営業上の利益を侵害するおそれのある営業及び商品についての類似表示であつても、右営業者がその使用を許容している場合には、右類似表示を使用して行う競争行為は、違法性を阻却するものというべきである。

そこで本件の場合につき考えるに、控訴会社は、被控訴会社に対し、前叙のように、本件和解によつて、「ユーハイムコンフェクト」という商号及び商標の使用を許容し、その表示方法について格別制約を設けなかつたこと、そして本件表示は、右使用許容の範囲内にあり、被控訴会社が本件表示を使用することによつて生ずる或程度の混同は、控訴会社において受忍せざるを得ないものであること前叙認定のとおりであるから、仮に控訴会社の「ユーハイム」という商号及び商標にいわゆる周知性があり、被控訴会社の「ユーハイムコンフェクト」という本件表示が控訴会社の右商号、商標と類似性があり、被控訴会社が本件表示を使用することによつて、控訴会社が主張するように、控訴会社の商品並びに営業上の施設及び営業活動と混同を生ぜしめ、控訴会社の営業上の利益を害せられるおそれがあるとしても、被控訴会社の本件表示を使用する行為は、違法性を阻却され、いわゆる不正競争行為を構成しないものといわなければならない。

したがつて、控訴会社の不正競争防止法第一条第一項第一号、第二号に基づく主張も理由がなく、控訴会社は、被控訴会社に対し、同条項による差止請求権を有しないものというべきである。

第三以上認定判断のとおりとすれば、控訴会社主張の被保全権利はいずれもこれを認めることができないから、本件仮処分申請(当審における新たな申請を含む)は、失当として棄却を免れない。

よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、当審における新たな申請部分はこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(浮田茂男 中島誠二 諸富吉嗣)

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